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龍造寺家文書_115_大内義隆一字書出(折紙)

折紙---堅紙を半分に折って使うから折紙
※書くときは折り目を下にして書きます。



(大内義隆の⇒)花押

天文十九年七月一日
龍造寺山城守殿(←隆信のこと)




読み下しのほうは、見たまんまなので割愛です^^/

分析・・・というと大げさですが、ちょっと色々と面白いんです。

1)「折紙」という略式の文書形式を使っている。
やっぱ態度が上位者な西国のドンです。
ただ「折紙」という形式で「一字書出(=偏諱)」の文書を発給すること自体は、大内に限らず珍しい形ではなさそう。
(検索したら、画像はないが他でもHITしたので)

2)「山城守」の官途吹挙状と発給年月日が一緒
3)官途吹挙状は敬称なしの呼び捨て、こっちは「殿」と敬称ありで敬意を払っている。


つまり「官途吹挙」の段階では「正式任官する前」なので呼び捨て
「一文字拝領」の段階では「任官した後」と捉えて敬称付にする・・・
敬称の使い分けしてるんです。

えっと現存文書を見ている訳じゃないから、疑い出せばキリがないんですけども~
ですが、佐賀県史料集成の編集や校正でミスとか誤植はないと思います。
戦国時代に限らず武家様文書って「敬称の使い方一つをとっても、上下関係の分析ヒントになる」「それくらい奥が深い」んです^^;

あと、書き方が少弐と大内では違う( ゚д゚)ンマッ!!
少弐資元が横岳資誠に偏諱した時の文書の方だと、

實名(じつみょう)←本姓と諱ってことです。
藤原資誠

これも見たまんまで、名前の方も他の字より大きく書かれています。
一方、大内義隆はプレゼンした「隆」の一文字のみ記入で、字の大きさも他と同じ。

つまり「少弐の書き方の方が大内義隆より丁寧」で、それだけ「相手(と、その家)に気を使ってる」
これが「家運が衰微している名門」と、「最盛期で西国のドンとの違い」なのでしょう。( ̄ω ̄A;アセアセ

史料厨って、わけじゃないんですが、相手への気の使い方が、一次史料で分析すると歴然なんです。
色々関係性が垣間見えるんで面白のよネー(*´・д・)(・д・`*)ネー
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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