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【公家様文書_プロローグ】古文書学入門(改)

参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」

律令制度は奈良時代が頂点で、平安時代に入ると破綻しはじめます。

律令官制移行に設置された新官制(令外官・りょうげのかん)の新設で大きな改変を迎えます。

それは「蔵人所」「検非違使庁」です。

朝廷政治の中心は太政官から蔵人所に移りました。

「蔵人所」「検非違使庁」の地位強化に伴い、新様式の文書が生まれ効力も大きくなっていきます。

平安朝政治の展開と共に発生・発達した文書を公家様文書と呼びます。




やはりプロローグから入らないと気分が出ませんな ( ゚Д゚)y─┛~~
(※実は飛ばすと脳に浸透しないからwww)

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【公式(くしき)文書_六・解(げ)】古文書学入門(改)

解(げ)は「下から上の役所に出す文書」の様式として規定されていました。
実際には運用が拡大され、個人が役所に出す場合も適用され、
やがて諜や辞の機能も果たすようになり、
個人対個人、下位者から上位者・貴人に対しても用いられました。

文書の形式としては宛名は書かない。
差出人も書かず文中で自然に判る様に盛り込むというメンドクサイことしてます^^;

個人の役所あてのものとしては、今日で言うところの「欠勤届」「休暇願」などがあります。
それで段々と役所に出す願・届・訴の類は解(げ)の様式をとります。
そこから更に訴状関係、個人間の金銭貸借、売買、質入なども含まれ、それらの起源となっていきます。

律令時代のもので尤もドストレートに起源になったものは、この解(げ)です。




やったー公式文書終わった~ゎーィ♪ヽ(*´∀`)ノ
次からは公家様文書に入ります(。-_-。)vブイッ♪
脳に浸透するまで、ちょっと間あきます:゙;`゙;`;:゙;`;:゙`;:゙;`ヽ(゚∀゚ゞ)ブハッ

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【公式(くしき)文書_五・諜(ちょう)】古文書学入門(改)

「符」の上の役所から下の役所へ出す文書に対応して
下から上の役所に出す文書を三種類規定した。

一つが「解・げ」これは次の六で説明します。
一つが「辞・じ」これは下級官吏が役所に申達する。
一つが「諜・ちょう」で四等官以上の官吏が役所に申達する。
諜は他に僧綱(全国寺院の統括機関)&三綱(各寺院の中枢機関)が役所と文書を交す場合にも用いられた。

が、これはあんまり守られなかったらしい。
諜はサブ機能だった僧綱&三綱の応答に用いられ、そのうち上下関係のハッキリしない役所間に用いられるようになった。

その点、前回記事にした移(い)に似ています。
「移」が平安期に入ると使われなくなるにつれ、「諜・ちょう」は時代が下るにつれ用途が広くなる。

現在残る公式(くしき)令は、養老年間(717年~724年)までに制定された養老令です。
この後に新設された役所は「令外官(りょうげのかん)」と呼ばれました。

たとえば蔵人所、検非違使庁、記録所、武者所など律令制度からはみ出した部署は上下関係がつけられません。
そこで「諜・ちょう」が用いられ、ついで発生した新様式の下文(くだしふみ)と併用されるようになります。




やっと武家様文書に関係する「下文」の言葉が出てきた・・・il||li _| ̄|○ il||l
次ぎの「解・げ」で公式文書から脱出(←?)できる~ゎーィ♪ヽ(*´∀`)ノ

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【公式(くしき)文書_四・移(い)】古文書学入門(改)

参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」

符が上の役所から下の役所へ出す文書に対し
「移・い」は上下関係のない役所同士で交す文書です。
例えば「摂津国」と「大和国」、「民部省」と「大蔵省」といった感じです。

奈良時代の実例でいくと、上下関係が曖昧な部署・役所同士で便宜上用いられた文書のようです。

平安時代になると「移」の文書様式は、用いられなくなります。
(少なくなる理由については「木簡研究7」にあるそうです)




今回は実例が少ない分、説明も短かった^^;
こうして勉強していると、律令時代の役所って今の地方自治体なみに文書類がシッカリしてたんですね。

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【公式(くしき)文書_三・符(ふ)】古文書学入門(改)

参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」
符・・・って言われると、実はホラーか陰陽師っぽいイメージしかかった管理人です(。-_-。)

公式文書における符は直接上下関係のある役所間に交される文書で、
上の役所から下の役所へと下す文書です。

役所TOPは太政官です^^/
符の特徴は、通常の官庁文書は日付が先で署名が後ですが符は逆だそうです。

官庁文書には必ず官印が捺されていたんですが、大きさ・印文・材質に細かい規定がありました。
最大は「帝の印」(内印)
次が「太政官印」(外印)
他各省庁、各国印、郡印と色々イパーイ種類があった。

で使用するときは全て朱印で、黒印はありませんでした。^^b
で、公式文書における官印は、その文書が間違いない確実ですよって証明するためのもの
だから後世の武家様文書における花押の代わりとしての朱印・黒印と意図は全く違います。
現代の契約書などにおされる実印や、ビジネス文書に押される認印の方に近いです。

えっと~律令制で神祇官(じんぎかん)という官庁がありました。
朝廷の祭祀 (さいし) をつかさどり、諸国の官社を総轄し、太政官と並ぶ最高官庁とされていました。

「大化の改新」の理念として「政治(太政官)と祭祀(神祇官)」の二本立てで国造りしたいという理想ワールドがあったようです。
このあたり自分は全く門外漢ですので、参照文献の孫引きです( ̄ω ̄A;アセアセ

が、現実は理想通りではなく太政官と神祇官は上下関係だったようです。
太政官から神祇官へと符が出されています。


え~と、神祇官を引っ張り出したのは、単に参照文献で紹介してたから・・・だけでなく、古代日本は祭政一致だったからです。
いま現在において、最後の祭政一致だった帝は「建武の親政」で教科書に紹介される後醍醐天皇です。

はい。武家の時代が始まってますよね。
武家の現実的な欲求と、旧に復そうとする後醍醐天皇とが噛み合わず「建武の親政」はアボーン失敗し、
紆余曲折して室町幕府という武家政権が誕生します。

神社と公家
神社と武家
神仏習合における神社と仏教

これらは互いに深い関係があり、素人の産毛が多少太くなった程度の自分では、まだまだまだまだ理解不足(。-`ω-)ンー
てことで、せめてせめて「言葉に慣れる」と言うか、「本来の意味を知って」おかないとヤバイわけです(; ・`д・´)
言葉が判ると、そこを突破口にして検索して更に深い部分も調べられる。
それで、予備知識が ちーーーっとはある古文書学を通じて律令時代から勉強しなおしてました^^;

算数と一緒です。九九を覚えないと割り算も掛け算も分数も挫折しちゃうでしょ。
歴史も積み重ね。
ちょっとずつ、ちょっとずつですが、自分も知識の底上げに精進します。^^;

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プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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